モハメド・アルダラジー 『バビロンの陽光』 レビュー



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息子・父親を探す祖母と孫の旅から浮かび上がるものとは

バグダッドに生まれ、ヨーロッパで映画・テレビの制作を学んだモハメド・アルダラジー監督は、2003年のフセイン政権崩壊後、イラクに帰国し、祖国の現実を反映した作品を撮りだした。『バビロンの陽光』は、2作目の監督作になる。

フセイン政権崩壊から三週間後、イラク北部のクルド人地区に暮らす祖母は、戦地から戻らない息子イブラヒムを探すため、12歳の孫アーメッドと南に向かう。イブラヒムは1991年の湾岸戦争で戦場に送られた。だからアーメッドは父親の顔も知らない。

ふたりが南に向かうのは、戦争でイブラヒムに命を助けられた友人が祖母に宛てた手紙に、彼が南部のナシリア刑務所に収容されていると書かれていたからだ。しかし、戦争からすでに10年以上が過ぎている。

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シュエ・シャオルー 『海洋天堂』 レビュー



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海亀になることは、他者の世界を受け入れることでもある

『海洋天堂』は、チェン・カイコー監督の『北京ヴァイオリン』の脚本家として注目を集めたシュエ・シャオルーの監督デビュー作だ。この作品は、彼女が14年間つづけた自閉症支援施設でのボランティア活動が元になっているという。

主人公は、チンタオの水族館で設備技師として働くワン・シンチョン(ジェット・リー)と、21歳になったばかりの自閉症の息子ターフー(ウェン・ジャン)だ。シンチョンは、ターフーが7歳のときに妻を亡くし、それ以来ひとりで息子の面倒を見てきた。

そんなシンチョンは、自分が末期の肝臓がんで余命いくばくもないことを知る。息子の未来を案じた父親は、彼がひとりで生きていくための土台を築くために奔走するが…。

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リサ・チョロデンコ 『キッズ・オールライト』 レビュー

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“普通の家族”は幻想だ

■■ある静かな革命的行為■■

アメリカの作家デイヴィッド・レーヴィットの『愛されるよりなお深く』には、ダニーとウォルターというゲイのカップルが登場する。彼らは都会ではなく、ニュージャージーの郊外住宅地に暮らしている。

ウォルターが郊外を選んだ理由はこのように表現されている。「彼は、ある静かな革命的行為に出る決心をした――生まれ持った性的嗜好を郊外の家庭生活のなかに織り込む。都会の土壌に根づいた同性愛の種を掘り出し、緑の庭の健全なる大地に植え変える

一方、ダニーは家庭についてこのように語っている。「七〇年代に離婚家庭や不幸な家庭に育った子供たちは、大人になると、自分には縁のなかった、だが子供心にずっと渇望してきた堅実な家庭を改めてつくろうとする。これは世代の特徴だよ、とダニーは言う

この小説が出版されたのは89年のことであり、いまではゲイのカップルが都会から郊外に移り、二人で堅実な家庭を作ろうとするだけでは「静かな革命的行為」とはいえないだろう。

それでは、リサ・チョロデンコ監督の『キッズ・オールライト』に登場するレズビアンのカップルの場合はどうか。ニックとジュールスは都会ではなく、南カリフォルニアの郊外住宅地に暮らしている。彼女たちは精子バンクを利用してそれぞれに子供を出産した。ドナーは同一人物で、ニックが産んだ娘ジョニは18歳、ジュールスが産んだ息子レイザーは15歳になっている。この映画ではそんな家族を主人公にして、ジョニが大学進学のために家を離れるまでのひと夏のドラマが描かれる。

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グレゴール・ジョーダン 『4デイズ』 レビュー



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テロとの戦いや安全保障をめぐるアメリカのジレンマ

(公開延期になっていた『4デイズ』の公開日が再決定しましたので、『宝島』に書いたレビューをアップします)

かつて『戦争のはじめかた』で米軍を痛烈に風刺したオーストラリア出身のグレゴール・ジョーダン監督が、またアメリカ人が目を背けたくなるような作品を作り上げた。テロとの戦いや安全保障に関わるこの新作がアメリカであまり話題にならなかったのは、痛いところを鋭く突いていたからだろう。

映画は、改宗してムスリムになったアメリカ市民の男ヤンガーが、ビデオカメラに向かってメッセージを録画するところから始まる。彼は、国内の3都市に核爆弾を仕掛け、要求が受け入れられない場合には4日後に爆発すると予告する。

4days

『4デイズ』 9月23日(金・祝日)より銀座シネパトスほか全国公開! (C) 2009 Unthinkable Clock Borrower, LLC. All Rights Reserved.

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内田伸輝 『ふゆの獣』 レビュー



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「時間」と「瞬間」への視点が恋愛映画を超えた地平を切り拓く

内田伸輝監督の『ふゆの獣』の登場人物は、4人の男女だ。ユカコは同僚のシゲヒサと付き合っているが、最近、関係がぎくしゃくしている。シゲヒサの態度がぎこちない。浮気をしているのかもしれない。ノボルは同僚のサエコに好意を持っている。思い切って告白してみるが、彼女には他に好きな人がいた。それはユカコと付き合っているはずのシゲさんだった。

この映画では、4人の主人公が、複雑に絡み合っていく。内田監督は脚本に頼らず、即興を中心にした演技を長回しで撮影し、緻密に構成している。

この映画の印象的な場面やドラマの流れについて考えてみるとき、筆者がどうしても引用したくなるのが、哲学者マーク・ローランズが書いた『哲学者とオオカミ』だ。ローランズは本書で、オオカミとともに暮らした経験を通して、人間であることの意味を掘り下げている。

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