トマス・ヴィンターベア 『光のほうへ』レビュー



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機能不全家族から生まれる負の連鎖を断ち切るために…

トマス・ヴィンターベアの新作『光のほうへ』は、デンマークの若手作家ヨナス・T・ベングトソンの小説『サブマリーノ 夭折の絆』(ACクリエイト刊、2011年5月31日)の映画化だ。

舞台はデンマークのコペンハーゲン。プロローグでは、主人公兄弟の少年時代の体験が描かれる。アルコール依存症の母親と暮らす兄弟は、育児放棄している母親に代わって年の離れた弟の面倒を見ているが、その弟はあまりにもあっけなく死んでしまう。

そして、大人になった兄弟それぞれの物語が綴られていく。彼らはいつからか別々の人生を歩むようになったらしい。兄は人付き合いを避けるように臨時宿泊施設に暮らし、怒りや苛立ちを酒で紛らしている。弟は男手ひとつで息子を育てているが、麻薬を断ち切ることができない。そんな兄弟は母親の死をきっかけに再会し、心を通わせようとするが…。

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クラウディア・リョサ 『悲しみのミルク』レビュー



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母親の世界を生きてきたヒロインが自己に目覚め、現実に踏み出すとき

マリオ・バルガス=リョサの姪にあたるクラウディア・リョサ監督の『悲しみのミルク』は、ベッドに横たわる老女が過去の悲痛な体験を歌で物語るところから始まる。彼女はペルーにテロの嵐が吹き荒れる時代に、極左ゲリラ組織に夫の命を奪われ、辱めを受けた。そして、母親の歌にこの映画のヒロインである娘のファウスタがやはり歌でこたえる。だが間もなく母親は息絶えてしまう。

この冒頭の場面は、ヒロインの立場や彼女がどんな世界を生きているのかを暗示している。ファウスタと彼女が厄介になっているおじの一家は、母親が体験した苦しみが母乳を通じて子供に伝わるという“恐乳病”を信じている。母親が心と身体に深い傷を負ったとき、彼女は娘を身ごもっていた。

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映画から読み解くアメリカ激動のゼロ年代――『ダークナイト』 『シリアナ』 『扉をたたく人』

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9・11以降の変容と矛盾を斬新な視点で浮き彫りに

9・11同時多発テロやイラク戦争、リーマン・ショック、オバマ大統領の誕生など、アメリカのゼロ年代(2000年~09年)は激動の時代だった。そんな事件や社会情勢の変化は同時代のアメリカ映画にも大きな影響を及ぼした。なかでも特に映画人の想像力を刺激したのが「テロとの戦い」だったのではないだろうか。このテーマを斬新な視点と表現で掘り下げ、アメリカが抱える矛盾を浮き彫りにした作品が強い印象を残しているからだ。

「バットマン」シリーズの一本であるクリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(08)では、ヒーローの矛盾を通してアメリカの矛盾が描き出される。バットマンという法に縛られないヒーローが必要とされるのは、悪がはびこり、法の番人では歯が立たないからだ。しかしこの映画では、ヒーローと悪の関係がねじれていく。

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グザヴィエ・ボーヴォワ 『神々と男たち』レビュー



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「人間」と「神々」のあいだ

■■修道士たちはなぜアルジェリアに残ったか■■

1990年代のアルジェリア。人里離れた村にある修道院でカトリックのフランス人修道士たちが、厳格な戒律に従い禁欲的な生活を送っている。彼らは礼拝を行い、畑を耕し、イスラム教徒の住民と親交を深め、弱者や貧者に奉仕する。だが、吹き荒れる内戦の嵐はこの辺境の地にも押し寄せ、非イスラム教徒の外国人が標的となり、命を奪われていく。そこで修道士たちは土地を去るか残るかの選択を迫られる。

グザヴィエ・ボーヴォワ監督の『神々と男たち』は、1996年にアルジェリアで起きたGIA(武装イスラム集団)によるとされるフランス人修道士誘拐・殺害事件を題材にしている。この事件は未だに不明な点が多く、謎が残されている。事件の背景には、アルジェリアと旧宗主国フランス、政治とイスラムの関係などが複雑に絡み合っている。

だが、この事件に最初に注目し、草稿を書いたエティエンヌ・コマールと監督のボーヴォワは、事件の真相に迫ろうとしているわけではないし、事件を通して背景を炙り出そうとしているわけでもない。彼らの関心は、内戦が激化するなかでなぜ修道士たちがアルジェリアに残る決心をしたのかに絞り込まれている。

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フローリア・シジスモンディ 『ランナウェイズ』レビュー

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壊れた家族とバンドという擬似家族の狭間で――もうひとつの『ブギーナイツ』

70年代に一世を風靡したガールズバンド“ランナウェイズ”を題材にしたこの映画で、まず注目すべきなのはサンフェルナンド・ヴァレーという舞台だろう。ロサンゼルスの郊外に広がるこの地域は、サバービアというテーマとも結びつきながら、映像作家の想像力を刺激し、アメリカのひとつの象徴として描かれてきた。

スティーヴン・スピルバーグは、『E.T.』をここで撮影した。ティム・バートンは『シザーハンズ』のプレスで「この映画は、ぼくの育った映画の都バーバンクの想い出がいっぱいつまっている」と語っているが、そのバーバンクもこの地域の縁にある。

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