ベント・ハーメル 『クリスマスのその夜に』 レビュー



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人生の様々な局面をくぐり抜け、新たな生命の誕生が祝福される

『キッチン・ストーリー』や『酔いどれ詩人になるまえに』のベント・ハーメル監督の新作は、ノルウェーの人気作家レヴィ・ヘンリクセンの短編集の映画化だ。『クリスマスのその夜に』では、クリスマス・イヴを迎えたノルウェーの田舎町を舞台に、複数の登場人物の複数の物語が交差しながら展開していく。

結婚生活が破綻し、妻に家を追い出されたパウルは、サンタクロースに変装して、妻と新しい恋人と子供たちがイヴを過ごすかつての我が家に忍び込み、なんとか子供たちにプレゼントを渡そうとする。

なぜか一人で町をうろつく少年トマスは、上級生の少女ビントゥに声をかけられる。イスラム教徒だからクリスマスを祝わないというビントゥに、トマスも「うちもサンタを信じていない」と小さな嘘をつき、彼女の家に立ち寄ることになる。

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ウォルフガング・ムルンベルガー 『ミケランジェロの暗号』 レビュー

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名画や制服の価値に支えられた世界やシステムに揺さぶりをかける

ナチスに紙幣贋造を強制されたユダヤ人技術者たちの姿を描き、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『ヒトラーの贋札』。あの作品を手がけたプロデューサー、ヨゼフ・アイヒホルツァーが、再びナチスとユダヤ人が駆け引きを繰り広げる物語を作り上げた。

監督はオーストリア映画を代表するウォルフガング・ムルンベルガー、脚本はオーストリア出身で、ユダヤ系のポール・ヘンゲ。主人公ヴィクトルをモーリッツ・ブライブトロイが、その母親をマルト・ケラーが演じている。

物語の鍵を握るのは、ユダヤ人の画商が密かに所有する国宝級のミケランジェロの素描だ。ナチスはイタリアとの同盟を磐石にするためにこの素描を画商から奪う。

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河瀨直美 『朱花の月』 レビュー



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万葉の精神と響き合い、純粋な「瞬間」に目覚めていくヒロイン

河瀨直美監督の『朱花の月』の舞台は、大和三山や藤原宮跡があり、古代の記憶が宿る飛鳥地方だ。この映画には、その記憶の断片ともいえる万葉集の歌が挿入される。

大和三山を男女に見立てた中大兄皇子の歌は、こんな意味になる。「香具山は畝傍山が愛おしい/奪われたくないから耳成山と争う/遠い昔もそうだった/そして今の世でも争うのだ」

この映画のヒロインは、万葉集に出てくる朱花(はねづ)の色に魅せられた染色家の加夜子。これまで地元PR紙の編集者・哲也と長年一緒に暮らしてきた彼女は、かつての同級生で木工作家の拓未と再会し、いつしか愛し合うようになっていた。

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ロマン・ポランスキー 『ゴーストライター』 レビュー



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「私は私ではない。あなたは彼でも彼女でもない。彼らは彼らではない」

ロマン・ポランスキーの『ゴーストライター』の主人公は、元英国首相アダム・ラングの自叙伝執筆を依頼されたゴーストライターだ。彼はラングが滞在するアメリカ東海岸の孤島を訪れるが、執筆の作業には不穏な出来事がつきまとう。

前任のライターの事故死には不明な点があった。ラングが対テロ戦争で拷問に加担したというニュースが流れ、マスコミが押し寄せる。ラングの過去を調べだした彼は、いつしか国際政治の暗部に踏み込んでいる。

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スサンネ・ビア 『未来を生きる君たちへ』 レビュー



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負の連鎖から生まれる復讐と自然、人間中心主義からの脱却

スサンネ・ビアの『ある愛の風景』『アフター・ウェディング』では、デンマークの日常とアフガニスタンの紛争地帯やインドのスラムが結びつけられていた。新作の『未来を生きる君たちへ』でも、デンマークの田舎町に暮らし、アフリカの難民キャンプに派遣される医師アントンを通して、異なる世界が結びつけられる。だが、ふたつの世界の位置づけには大きな違いがある。

前者ではそんな構成が、豊かで安定した社会と貧しく混沌とした社会を象徴し、物語の前提となっていた。しかしこの新作では、最初からそんな図式が崩れている。

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