『Natsukashii』 by Helge Lien Trio

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この北欧のジャズ・ピアニストの世界のとらえかたは独特では?

日本とアメリカでは、ノルウェーのジャズ・ピアニスト、ヘルゲ・リエン(Helge Lien)の認知度に大きな隔たりがある。日本では初期のアルバムから注目され、プロデュースにも乗り出すというように以前から認知されていたが、アメリカでは、前作『Hello Troll』(2008)が、all about jazz.comのレビューで、ほとんどのアメリカ人が知らないピアニストのアルバムとして紹介されていた。

今年リリースされたヘルゲ・リエン・トリオの新作は、アルバム・タイトルがそんな隔たりを象徴していると見ることもできる。“Natsukashii(懐かしい)”という日本語がタイトルになっているのだ。そのタイトル・ナンバーは、音の間といいメロディといい、私たちが馴染めるような楽曲になっている。

『Natsukashii』 (2011)

ただし、“Natsukashii”という言葉が、ごく普通に「懐かしい」を意味しているとは限らない。リエンの音楽については、スタイルやテクニックとは異なる部分で、世界のとらえかたに、どことなく個を超えているところがあるように思える。

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アク・ロウヒミエス 『4月の涙』 レビュー

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フィンランドの悲劇の歴史を環境哲学の視点から読み直す

現在のフィンランド映画界を代表する監督といわれるアク・ロウヒミエス。『4月の涙』(09)の題材になっているのは、同じ国民が敵味方となって戦ったフィンランド内戦だ。内戦末期の1918年、白衛隊の准士官アーロと捕虜となった赤衛隊の女性兵ミーナが出会い、二人の間で愛と信念がせめぎ合う。

そんな設定から筆者はありがちな男女の悲劇を想像していたのだが、実際に作品を観たらまったく違っていて正直驚いた。この映画では、内戦の物語が、「人間中心主義」と人間の位置を自然のなかに据える「環境哲学」という現代的な視点から読み直されている。

白衛隊に捕えられた女性兵たちは、乱暴され、逃亡兵として処刑されていく。アーロは、そんな指令を無視した処刑に抗議し、かろうじて生き延びたミーナを公正な裁判にかけるため、作家で人文主義者のエーミル判事がいる裁判所に護送しようとする。

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ミケランジェロ・フランマルティーノ 『四つのいのち』 レビュー

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ドキュメンタリーとフィクションの境界を超え、独自のアニミズムの世界を切り拓く

イタリア出身の新鋭ミケランジェロ・フランマルティーノが監督した『四つのいのち』(2010)の舞台は、南イタリア・カラブリア州の山岳地帯だ。映画の導入部では、黙々と山羊の世話をする年老いた牧夫の生活が、静謐な映像のなかに描き出される。

だがこの牧夫はタイトルにある“四つのいのち”のひとつに過ぎない。やがて彼は息を引き取り、入れ替わるように仔山羊が誕生する。その仔山羊は群れから逸れ、樅の大木の下で眠りにつく。冬が過ぎて春になると樅の大木が切り倒され、村の祭りのシンボルとなる。そして祭りが終わると、大木は伝統的な手法で炭となる。この映画では、人間、動物、植物、無機物がサークルを形成していく。

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『The Whole Tree Gone』 by Myra Melford’s Be Bread

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戦争と自然、繊細なアンサンブルに込められた意味を探る

ジャズ・ピアニスト/コンポーザーのマイラ・メルフォード(Myra Melford)が昨年リリースしたBe Bread名義の2枚目『The Whole Tree Gone』(2010)は、とても気に入っていて、いまもときどき聴いている。

このアルバム・タイトルについては、環境問題やエコロジーを意識しているのではないかと考える人もいるだろう。ずいぶん昔の話になるが、彼女が大学で選考していたのは環境科学だった。だからそういうことに関心を持っていても不思議ではない。しかし、このタイトルにはもっと深い意味が込められているように思う。

『The Whole Tree Gone』 (2010)

同じBe Bread名義でも、前作の『The Image of Your Body』(2006)とこのアルバムでは、そのスタイルやサウンドに大きな違いがある。

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『Collage d’intentions part one & two』 『White Midsummer Forest』 by eeem

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鳥の声に導かれてフィンランドの音の森を散策する

筆者が住んでいるビルの隣にたっている古い建物、その壁面にあいた穴に名前も知らない鳥が巣をつくり、毎日、朝から賑やかな鳴き声が聞こえる。

そのせいかどうかわからないが、最近は、自然の音のなかでも特に鳥の声に敏感になっているような気がする。

時間があるときには、世界各地の鳥の声をレクチャーしてくれるaudiobookを聴いたりもする。↓たとえばこれは、イギリスの森林地帯に住む鳥たちのガイド。他にもいろいろあるので、いずれ取り上げるかもしれない。

『A Guide to British Woodland Birds』

フィンランドのヘルシンキを拠点に活動するEeemの音楽は、ジャンルでいえばエレクトロニック・アンビエントということになるかと思うが、鳥の声を使ったサウンドスケープが印象に残る。

『Collage d'intentions part one』

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