ポール・グリーングラス 『キャプテン・フィリップス』 レビュー

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見えない力がせめぎ合う状況のなかで、いつしか最前線に立たされている者たちの悲劇

ポール・グリーングラス監督の新作『キャプテン・フィリップス』は、2009年にオマーンの港からケニアに向かうアメリカ籍のコンテナ船がソマリア沖で海賊に襲撃された事件の映画化だ。

乗組員20名、非武装のアラバマ号は、わずか4人のソマリア人海賊にあっけなく占拠される。そして船長のフィリップスには、さらなる苦難が待ち受けている。乗組員を守り、船を解放しようとした彼は、海賊とともに救命艇に乗せられ、人質となってしまう。

この映画は、フィリップスの勇気ある行動に注目が集まるはずだが、見所はそれだけではない。同じように実話を扱ったグリーングラスの過去の作品と新作には共通点がある。

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ゴア・ヴァービンスキー 『ローン・レンジャー』 レビュー

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『パイレーツ』3部作とは異なるアプローチで挑んだジェリー×ゴア×ジョニーの会心作

ジェリー・ブラッカイマー製作、ゴア・ヴァービンスキー監督、ジョニー・デップ主演とくれば、おそらく誰もがこの『ローン・レンジャー』を、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのチームが作り上げた新たなエンターテイメント大作と受けとめることだろう。もちろんそれは間違いではない。

脚本のテッド・エリオットとテリー・ロッシオのコンビや衣装のペニー・ローズ、音楽のハンス・ジマーを含めた『パイレーツ~』のスタッフが再結集し、かつて人気を博したテレビドラマのキャラクターを大胆なアプローチで現代に甦らせている。

たとえば、死の世界から甦ることで誕生するローン・レンジャーや復讐に燃える悪霊ハンターのトントという設定。あるいは、トントが列車の乗客を救う手助けをしたにもかかわらずのっけからお約束のように牢に放り込まれたり、無法者のブッチ・キャヴェンデイッシュが行う残酷な仕打ちが心臓がらみだったりするディテール。そこには、『パイレーツ~』のテイストが形を変えて引き継がれている。

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ニールス・アルデン・オプレヴ 『デッドマン・ダウン』 レビュー

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異なる世界を生きる他者との出会い、復讐という呪縛からの解放

『デッドマン・ダウン』は、『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』で成功を収めたデンマーク人監督ニールス・アルデン・オプレヴのハリウッド進出作となるサスペンス・アクションだ。

主人公は、裏社会で不動産業を牛耳るアルフォンスの下で働く殺し屋ヴィクター。アルフォンスは正体がわからないやからからの執拗な脅迫に悩まされ、そんなボスを見つめるヴィクターには別の顔がある。妻子を殺され、自分も殺されかけた彼は、名前を変え、素性を隠し、密かに復讐の計画を進めている。

そんなとき、向かいのマンションに住む顔見知りの女ベアトリスが、ヴィクターに接触してくる。彼女の顔には交通事故による生々しい傷跡があった。自宅のバルコニーから彼が人を殺すのを目撃し、撮影していたベアトリスは、事故によって彼女の未来を奪った男の殺害を依頼する。

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マルガレーテ・フォン・トロッタ 『ハンナ・アーレント』 レビュー

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絶対的無罪と絶対的有罪の鏡を砕くための揺るぎない思考

ニュー・ジャーマン・シネマを牽引してきた女性監督マルガレーテ・フォン・トロッタの『ハンナ・アーレント』では、ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントの生涯のなかで、1961年に行われたナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に前後する4年間のドラマが描き出される。

強制収容所を体験しているアーレントは、自らの意志でアイヒマンの公判を傍聴してレポートを「ニューヨーカー」誌に連載し、その後『イェルサレムのアイヒマン』にまとめた。彼女の目に映ったかつてのナチス親衛隊中佐は、怪物や悪魔ではなく平凡な人間だった。

ちなみに、10数年前に公開されたエイアル・シヴァン監督の『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』は、アーレントのこの著書をもとにアイヒマン裁判の膨大な記録映像を編集したドキュメンタリーだった。その作り手たちは、エチオピアの飢饉やルワンダのジェノサイド(「隣人による殺戮の悲劇――94年に起ルワンダで起こった大量虐殺を読み直す」参照)という同時代の現実を踏まえた上でアイヒマンに着目した。

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リョン・ロクマン&サニー・ルク 『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』 レビュー

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香港の過去・現在・未来を視野に入れ、法の意味と価値を浮き彫りにする力作

リョン・ロクマンとサニー・ルクの監督デビュー作となる『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』は、その物語に深いテーマが埋め込まれ、実に見応えがある。香港電影金像奨で、最優秀作品賞、監督賞など過去最多となる主要9部門を受賞したのも頷ける。この映画では、香港警察の機構や内部事情がリアルに描き出されるが、ふたりの監督が関心を持っているのは必ずしも警察の世界ではない。

ある晩、香港最大の繁華街モンコックで爆破事件が起こり、その直後にパトロール中の5人の警官が何者かに車両ごと拉致される。それは警察のトップが何らかの判断を下すべき事態だが、長官は海外に出張している。そこで、次期長官候補であるふたりの副長官が、対応をめぐって対立を深めていく。

長官に代わって指揮を執るのは、「行動班」を率いるリーだ。5人の警官のなかに息子が含まれていることを知った彼は、非常事態を宣言し、組織を総動員した人質救出作戦「コールド・ウォー」を遂行する。だが、「管理班」を率いるラウは、公私混同ともとれるリーの対応に疑問を抱き、指揮権をめぐる対立が生まれる。

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