内田伸輝 『ふゆの獣』 レビュー



Review

「時間」と「瞬間」への視点が恋愛映画を超えた地平を切り拓く

内田伸輝監督の『ふゆの獣』の登場人物は、4人の男女だ。ユカコは同僚のシゲヒサと付き合っているが、最近、関係がぎくしゃくしている。シゲヒサの態度がぎこちない。浮気をしているのかもしれない。ノボルは同僚のサエコに好意を持っている。思い切って告白してみるが、彼女には他に好きな人がいた。それはユカコと付き合っているはずのシゲさんだった。

この映画では、4人の主人公が、複雑に絡み合っていく。内田監督は脚本に頼らず、即興を中心にした演技を長回しで撮影し、緻密に構成している。

この映画の印象的な場面やドラマの流れについて考えてみるとき、筆者がどうしても引用したくなるのが、哲学者マーク・ローランズが書いた『哲学者とオオカミ』だ。ローランズは本書で、オオカミとともに暮らした経験を通して、人間であることの意味を掘り下げている。

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『ツリー・オブ・ライフ』試写



試写室日記

本日は試写を1本。

『ツリー・オブ・ライフ』 テレンス・マリック

『ニュー・ワールド』(05)以来となるテレンス・マリックの待望の新作。ブラッド・ピット、ショーン・ペン主演。宇宙や太古の自然、生命などの映像にはそれほど心を動かされなかった。しかし、50年代の日常のドラマには、異様な凄みがある。

筆者はだいぶ前から、マリックが50年代以降の世界に深く絶望し、そこで失われたものを呼び覚まそうとしているように感じていた。

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『哲学者とオオカミ――愛・死・幸福についてのレッスン』 マーク・ローランズ

Reading

オオカミという他者を通して人間とは何なのかを考察する

想田和弘監督の『Peace ピース』(7月16日公開予定)の試写を観たときに最初に思い出したのがこの本のことだった。そこでぱらぱらと読み返してみた。

最初に読んだときも引き込まれたが、今では著者の言葉がもっと身近に感じられる。それは、『ブンミおじさんの森』、『アンチクライスト』、『四つのいのち』、『4月の涙』(野生のオオカミが出てくる場面がある)、『蜂蜜』、『エッセンシャル・キリング』といった作品を通して、人間と動物の関係に以前よりも鋭敏になっているからだろう。

マーク・ローランズはウェールズ生まれの哲学者で、本書では、ブレニンという名のオオカミと10年以上に渡っていっしょに暮らした経験を通して、ブレニンについて語るだけではなく、人間であることが何を意味するのかについても語っている。

↓ この人がローランズだが、いっしょにいるのはもちろんブレニンではない。ブレニンは、各地の大学で教えるローランズとともに合衆国、アイルランド、イングランド、フランスと渡り歩き、フランスで死んだ。ローランズはその後マイアミに移り、この映像はそこで撮影したものだ。

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『New History Warfare Vol.2: Judges』 by Colin Stetson

Listning

リード楽器と身体を極限まで駆使する圧巻のひとりオーケストラ

コリン・ステットソン(Colin Stetson)というリード奏者の名前は知らなくても、彼が生み出す音に触れている人は少なくないはずだ。たとえば、トム・ウェイツ(Tom Waits)の『Alice』や『Blood Money』、『Orphans』とか、Arcade Fireの『Neon Bible』や『The Suburbs』、TV On the Radioの『Return to Cookie Mountain』や『Dear Science』、Yeasayerの『Odd Blood』、そしてBon Iverのニューアルバム『Bon Iver, Bon Iver』(11)にも。

ステットソンがどんな音を出しているのか、とりあえず彼のサックスがフィーチャーされたArcade Fireのショート・フィルムの予告編でも見てみますか。監督はスパイク・ジョーンズです。

でもステットソンが本領を発揮するのはやはりソロでしょう。でかくて重いバス・サックスと一体化した超絶技巧をご覧あれ。

Colin Stetson | Awake on Foreign Shores & Judges | A Take Away Show from La Blogotheque on Vimeo.

テープとかループを使っているわけではない。循環呼吸、キーでリズムを生み出す指使い、ヴォーカリゼーション、過剰なブロウや残響、楽器の特性と身体を駆使してユニークな音楽が生み出される。ミニマル・ミュージックのようでもあり、アルバート・アイラーのようでもある。

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ソフィア・コッポラ 『SOMEWHERE』 レビュー



Review

伝説のホテル“シャトー・マーモント“という異空間の魅力

ソフィア・コッポラの新作『SOMEWHERE』(10)の物語は至ってシンプルだ。ハリウッドのスター、ジョニー・マルコは、セレブにつき物の刹那的な生活を送りながらも、心は満たされていない。ある日そんな彼のもとに、前妻と暮らす11歳の娘クレアがやって来る。そして娘と過ごす時間のなかで彼は自分を見つめなおし、新たな一歩を踏み出そうとする。

この映画は、ジョニーが暮らすホテルに関する予備知識がないと面白さが伝わらないかもしれない。そのホテルとは、LAのセレブが自宅がわりに利用しているという“シャトー・マーモント”。

筆者は、A・M・ホームズの『ロサンゼルスの魔力~伝説のホテルから始まるミステリアス・ツアー』を読むことをお勧めする。本書には、真偽が定かでないものも含め様々な伝説が取り上げられている。

レッド・ツェッペリンはバイクでロビーを走り抜けた。ジム・モリソンは4階の窓から飛び降りたが骨折もしなかった。ジェームズ・ディーンはここで初めて『理由なき反抗』の脚本を読んだ。

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