スティーヴ・マックィーン 『それでも夜は明ける』 レビュー

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檻に囚われた人間

イギリス出身の鬼才スティーヴ・マックィーンの映画を観ることは、主人公の目線に立って世界を体験することだといえる。

たとえば、前作『SHAME-シェイム-』では、私たちは冒頭からセックス依存症の主人公ブランドンの日常に引き込まれる。彼は仕事以外の時間をすべてセックスに注ぎ込む。自宅にデリヘル嬢を呼び、アダルトサイトを漁り、バーで出会った女と真夜中の空き地で交わり、地下鉄の車内で思わせぶりな仕草を見せる女をホームまで追いかける。だが、彼の自宅に妹が転がり込んできたことで、セックス中心に回ってきた世界はバランスを失っていく。この映画では、なぜ彼が依存症になったのかは明らかにされない。

新作『それでも夜は明ける』では、そんなマックィーンのアプローチがさらに際立つ。映画のもとになっているのは1853年に出版されたソロモン・ノーサップの回顧録だが、その原作と対比してみると映画の独自の視点が明確になるだろう。

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リティ・パニュ 『消えた画 クメール・ルージュの真実』 レビュー

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「下からの歴史」を炙り出すために

■ 大げさな観念を展開せず

カンボジアでは70年代後半にクメール・ルージュ(カンボジア共産党)の支配下で、150万とも200万ともいわれる人々の命が奪われた。プノンペン生まれのリティ・パニュは、10代半ばでこの悲劇を体験し、親兄弟や親族を亡くし、逃亡することで生き延びた。カンボジアとの国境に近いタイの難民収容所を経てフランスに渡った彼は、やがて映像作家となり、一貫してクメール・ルージュによるジェノサイドを題材にしたドキュメンタリーや劇映画を作り続けてきた。

新作『消えた画 クメール・ルージュの真実』でもその姿勢に変わりはないが、明らかにこれまでの作品とは異なる点がある。まず、パニュ自身の体験が直接的に語られている。しかも、その表現が独特だ。犠牲者が葬られた土から作られた人形たちを使ってかつて少年が目にした光景が再現され、アーカイブに残されたプロパガンダの映像と対置される。ナレーションに盛り込まれた回想や検証が二種類の映像と呼応し、動かない人形に生気が吹き込まれ、プロパガンダ映画の中の人々との間に皮肉なコントラストを生み出していく。しかしこの映画で注目しなければならないのは、そうした要素をまとめ上げている独自の感性だ。

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ジョシュア・オッペンハイマー・インタビュー 『アクト・オブ・キリング』:世界を私たちと彼ら、善人と怪物に分けるのではなく

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アンワル・コンゴとの出会い

60年代のインドネシアで共産主義を排除するために行われた100万人規模といわれるジェノサイド。世界に衝撃を与えたジョシュア・オッペンハイマー監督の『アクト・オブ・キリング』は、この悲劇が過去のものではないことを私たちに思い知らせる。北スマトラで取材を進めていたオッペンハイマーは、虐殺の実行者たちがいまも大手を振って町を闊歩し、過去の殺人を誇らしげに語るのを目にし、自分たちで好きなように殺人を再現し、映画にすることを提案した。

もちろんこれは加害者であれば誰にでも通用するアイデアではない。映画作りの先頭に立つアンワル・コンゴは、映画館を根城にする“プレマン”と呼ばれるギャングだった。アメリカ文化に強い影響を受けている彼とその取り巻きは、映画スター気取りで殺人者を演じ、虐殺を再現していく。この映画で重要な位置を占めるのはそんなアンワルの存在だが、オッペンハイマーが彼に出会うまでには紆余曲折がある。

私が最初にインドネシアに行ったのは、プランテーションの労働者たちが映画を作るのを手伝うためでした。その『The Globalization Tapes』(03)を作っているときに、労働者たちが65年のジェノサイドの生存者であることを知りました。ベルギーの企業のために働く彼らは、防護服もないまま有害な除草剤を散布し、その毒性で肝臓をやられ40代で亡くなった人もいました。企業が扱っているのは、私たちの身の周りにある化粧品などに使われるパーム油です。そして労働者が組合や署名などで抵抗しようとすると、『アクト・オブ・キリング』に登場する準軍事組織、パンチャシラ青年団が企業に雇われ、彼らを脅迫や暴行で黙らせるのです。彼らは、両親や祖父母が組合員だったというだけで共産党の支持者とみなされパンチャシラ青年団に虐殺されているので、そういう脅迫により恐怖を感じるのです。私は、西欧や日本の日々の生活というものが、いかに他人の苦しみの上に築かれているのかを実感しました

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『それでも夜は明ける』 劇場用パンフレット

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檻に囚われた人間

2014年3月7日(金)よりTOHOシネマズ みゆき座ほか全国順次ロードショーになるスティーヴ・マックィーン監督の新作『それでも夜は明ける』(13)の劇場用パンフレットに、上記のようなタイトルで作品評を書いています。

第86回アカデミー賞で、作品賞、助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)、脚色賞(ジョン・リドリー)の三冠に輝いたことはもうご存知かと思います。

1841年、北部のニューヨーク州で自由黒人として妻子と暮らしていたソロモン・ノーサップは、ある日突然誘拐され、南部の奴隷州で12年間、奴隷として生きることを余儀なくされました。再び自由を取り戻した彼は、その体験を綴った回想録『12 Years a Slave』を発表し、ベストセラーになりました。この映画は、そのノーサップの回想録にもとづいています。

キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、ブラッド・ピットなど、キャストが豪華で、しかもマックィーンの世界をしっかりと表現しています。

この顔ぶれでは、冷酷な奴隷所有者(ファスベンダー)の妻を演じるサラ・ポールソンなどはあまり注目されないと思いますが、この数年、ショーン・ダーキン監督の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11)、ジェフ・ニコルズ監督の『MUD‐マッド‐』(12)、そしてこの作品と、次々に注目の監督と組み、どれもそれほど目立つ役ではありませんがいい仕事をしていると思います。

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マルコ・ベロッキオ 『眠れる美女』 レビュー

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鍵を握るのは眠りつづける女、しかし眠っているのは本当に彼女たちだけなのか

マルコ・ベロッキオ監督の『眠れる美女』の出発点は、2009年にイタリア社会を揺るがせた尊厳死事件にある。17年前に植物状態となった娘の延命措置の停止を求める父親の訴えが最高裁でようやく認められるが、教会を始めとする世論の激しい反発が巻き起こり、保守層の支持を集めるベルルスコーニ首相は、延命措置を続行する法案を通そうとする。

この事件をそのまま映画にしていれば、おそらく賛否の単純な二元論に回収されてしまっただろう。だがベロッキオ監督は、賛否に揺れる社会を背景にして、三つの物語を並行して描き出していく。

妻の延命装置を停止させた過去を持つ政治家とそんな父親に対する不信感を拭えない娘。輝かしいキャリアを捨てて植物状態の娘に寄り添う元女優とそんな母親の愛を得られない俳優志望の息子。自殺衝動に駆られる孤独な女と不毛な日常に埋没しかけている医師。それぞれの関係には溝があるが、彼らは限られた時間のなかで根源的な痛みを知る体験をし、変貌を遂げていく。

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