スティーヴ・マックィーン 『それでも夜は明ける』 レビュー

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檻に囚われた人間

イギリス出身の鬼才スティーヴ・マックィーンの映画を観ることは、主人公の目線に立って世界を体験することだといえる。

たとえば、前作『SHAME-シェイム-』では、私たちは冒頭からセックス依存症の主人公ブランドンの日常に引き込まれる。彼は仕事以外の時間をすべてセックスに注ぎ込む。自宅にデリヘル嬢を呼び、アダルトサイトを漁り、バーで出会った女と真夜中の空き地で交わり、地下鉄の車内で思わせぶりな仕草を見せる女をホームまで追いかける。だが、彼の自宅に妹が転がり込んできたことで、セックス中心に回ってきた世界はバランスを失っていく。この映画では、なぜ彼が依存症になったのかは明らかにされない。

新作『それでも夜は明ける』では、そんなマックィーンのアプローチがさらに際立つ。映画のもとになっているのは1853年に出版されたソロモン・ノーサップの回顧録だが、その原作と対比してみると映画の独自の視点が明確になるだろう。

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アレクサンダー・ペイン 『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』 レビュー

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寄り道とサイレントを愛するアレクサンダー・ペインの美学

アレクサンダー・ペインは、これまで日本公開(あるいはDVD化)された4本の作品すべてで、監督のみならず脚本も手がけていた。しかし、新作『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』では、脚本にはクレジットされていない。ボブ・ネルソンのオリジナル脚本はペインのために書かれたものではないが、そこには彼のイマジネーションを刺激する要素が十分に盛り込まれていた。

ペインの『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)や『アバウト・シュミット』(02)は、原作小説ではそれぞれニュージャージーとロングアイランドが舞台になっているが、彼はそれらを自分の出身地であるネブラスカ州オマハに変更して映画化した。そんな故郷にこだわりを持つペインが、ネブラスカ州を舞台にした物語に惹かれないはずはないだろう。

しかしもちろん、舞台や風景だけではペインの世界にはならない。この新作には他に注目すべき点がふたつある。ひとつは“寄り道”だ。ペインの作品では、旅のなかの寄り道が重要な意味を持つ。それは主人公の過去に通じていて、人物の内面を映し出していく。

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ダニス・タノヴィッチ 『鉄くず拾いの物語』 レビュー

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洞察と象徴を通して浮き彫りにされるロマの一家の現実

ダニス・タノヴィッチ監督の『鉄くず拾いの物語』は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすロマの一家に起こった出来事に基づいている。妊娠中の妻セナダが激しい腹痛に襲われ、危険な状態であることがわかるが、保険証がなく、高額な費用を払えないために、病院から手術を拒否される。夫のナジフはそんな妻の命を救い、家族を守るために奔走する。この映画ではそんな実話が、ナジフとセナダという当事者を起用して描き出される。

タノヴィッチ監督は新聞でこの出来事を知り、「世間に訴えなければいけない」と考え、映画にした。そういう意味ではこれは、社会派的な告発の映画といえる。しかし、当事者を起用し、事実をリアルに再現するだけでは、多くの人の心を動かすような作品にはならなかっただろう。

この映画で筆者がまず注目したいのはロマの一家の世界だ。タノヴィッチ監督自身も認めているし、ドラマを観てもわかるが、ナジフとセナダは必ずしもロマだから差別されるわけではない。しかしだからといって、彼らのことを漠然と被差別民や弱者ととらえて向き合えば、自ずと焦点がぼやける。たとえロマをよく知らなくても、目の前に存在する者の世界を見極めるような洞察が求められる。

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マイケル・ウィンターボトム 『いとしきエブリデイ』 レビュー

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感情と距離の間にあるマイケル・ナイマンの音楽

マイケル・ウィンターボトムは、『いとしきエブリデイ』を99年の監督作『ひかりのまち』と対を成す家族の物語と位置づけている。そんな接点を持つ二作品で重要な役割を果たしているのが、マイケル・ナイマンの音楽だ。ウィンターボトムの映像とナイマンの音楽の関係は、一般的な映画のそれとは違う。

ウィンターボトムは、物語に頼るのではなく、リアルな状況を積み重ねていくことで独自の世界を作り上げていく。かつて彼は自分のスタイルについて以下のように語っていた。

私は一般的な意味での物語というものに観客を引き込むような作り方はしたくない。観客が自分の考えや感情を自由に選択する余地を残しておきたい。それがある種の距離を感じさせることになるかもしれないが、決めつけを極力排除し観客に委ねたいんだ

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『オール・イズ・ロスト~最後の手紙~』 映画.com レビュー

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男はすべてを失うとき、なにかを悟る

2014年3月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマカリテほか全国ロードショーになるJ・C・チャンダー監督の新作『オール・イズ・ロスト~最後の手紙~』(13)に関する告知です。「映画.com」の3月4日更新の映画評枠で、上記のようなタイトルで本作のレビューを書いています。

人生の晩年を迎え、自家用ヨットでインド洋を単独航海する男。ところが突然、ヨットが海上の漂流物に衝突するという事故に見舞われたことから、男の運命が一変し、過酷なサバイバルを強いられることになります。

舞台は大海原、登場人物はロバート・レッドフォードが演じる名前も定かではない男ただひとり。台詞もほとんど無きに等しいといっていいでしょう。アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』を連想する人もいるかもしれません。

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