ウェス・アンダーソン 『ムーンライズ・キングダム』 レビュー

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決して取り戻せない時間
もはや存在しない場所

ウェス・アンダーソン監督の『ムーンライズ・キングダム』では、12歳のサムとスージーの逃避行が描かれる。映画の舞台は、1965年、ニューイングランド沖に浮かぶ全長26kmの小島・ニューペンザンス島だ。

裕福ではあるが、厳格な父親や身勝手な母親に反感を覚えるスージーと、里親に育てられる孤児で、ボーイスカウトで仲間外れにされているサム。それぞれに孤立するふたりは1年前に偶然出会い、文通で親しくなり、駆け落ちを決行する。それに気づいた親や警官、ボーイスカウトの隊長と子供たち、福祉局員が追跡を開始するが、島には嵐が迫っている。

これまでウェス・アンダーソンの作品にはいまひとつ馴染めないところがあったが、この新作には冒頭から引き込まれ、心を動かされた。

緻密に作り上げられたセットや計算されつくしたカメラワーク、多彩で効果的な音楽、簡潔で洞察に富む台詞、ユーモアを散りばめたドラマなど、一見これまでと変わらないアンダーソンのスタイルのように見える。だが、そうした細部と全体の関係が違う。

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『カラカラ』 「CDジャーナル」&劇場用パンフレット

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禅の世界に通じる喪失と再生の物語 1/19(土)より公開中

カナダ出身のクロード・ガニオン監督の新作『カラカラ』(12)。前作『KAMATAKI‐窯焚‐』(05)が素晴らしかったので、新作も楽しみにしていましたが、あの“炎”の力強さとはひと味違う、実に味わい深い作品になっています。モントリオール世界映画祭で、世界に開かれた視点賞・観客賞をダブル受賞しています。

カナダから沖縄にやって来た元大学教授ピエール(ガブリエル・アルカン)と夫と大喧嘩して家を飛び出した主婦・純子(工藤夕貴)の出会いから始まる一風変わったロードムービー。軽やかなドラマに見えて、日本語・英語・フランス語、酒器カラカラや芭蕉布、新良幸人の音楽などが織り合わさった世界はけっこう奥が深い。

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ニコラウス・ゲイハルター 『プリピャチ』 レビュー

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人類の未来をめぐる大きな物語の礎となるような日常の断片

ニコラウス・ゲイハルター監督の『プリピャチ』(99)では、チェルノブイリ原発事故から12年が経過した時点で、立ち入りが禁じられた“ゾーン”に暮らしていたり、あるいはそこで働いている人々の姿が映し出される。この映画から見えてくる世界の意味を明らかにするためには、ゾーンの外側に広がる世界と内側の世界で、どのように12年という時間が流れていたのかを確認しておくべきだろう。

この映画の製作年である99年から振り返ってみたとき、最も大きな事件は、ソ連の崩壊と冷戦の終結だといえる。そこから世界は変わった。ポストモダンという言葉がもてはやされ、歴史や人類の普遍の未来を語る大きな物語は終わりを告げ、ひとつの共通する世界が失われた。そういう認識が浸透していった。

政治学者のジョン・グレイは『グローバリズムという妄想』のなかで、後期近代資本主義は「人間を断片化された現実と意味のない選択の氾濫の中に放り出す」と書いている。確かに、情報の洪水のなかで近代の確実性は破壊され、大きな物語は失われたかに見えた。

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アレクサンダー・ペイン 『ファミリー・ツリー』 レビュー



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連綿とつづく生の営み

『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)、『アバウト・シュミット』(02)、『サイドウェイ』(04)、そして7年ぶりの新作となる『ファミリー・ツリー』。アレクサンダー・ペイン監督の作品には共通点がある。人生の危機に直面した主人公の行動や心理がユーモアを交えて描き出される。そういう設定やスタイルで映画を撮る監督は他にもいるが、ペインは一線を画している。実はこの四作品にはすべて原作となった小説があるが、他の監督が映画化しても、彼のような世界が切り拓けるわけではない。

あまり目立たないが、ペインの作品には別の共通点がある。まず『ハイスクール白書』を振り返ってみよう。ネブラスカ州オマハを舞台にしたこの映画では、表彰もされた信頼が厚い教師が、上昇志向のかたまりのような女子生徒の生き方に抵抗を覚えたことがきっかけで人生の歯車が狂い出し、仕事も家庭もすべてを失ってしまう。最後に逃げるようにニューヨークに向かった彼は、自然史博物館の教育部門に就職し、新たな人生を歩み出す。筆者が注目したいのは、その自然史博物館に展示された原始人のジオラマだ。さり気なく映像が挿入されるだけなので記憶している人は少ないだろう。

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今週末公開オススメ映画リスト2012/08/02

週刊オススメ映画リスト

今回は『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』と『トガニ 幼き瞳の告発』の2本です。

『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』 長谷川三郎

広島の被爆者を筆頭に、学生運動、三里塚闘争、自衛隊、公害、祝島、原発などに迫った福島菊次郎の写真とブレのない彼の姿勢は、弱い立場にある人々を見離し、その事実を覆い隠した土台のうえに日本の戦後があることを思い知らせる。そんな嘘の上に暮らすことには我慢がならない。だから彼は国の世話になることを拒み、無人島で自給自足の生活をしようとした。

昨年の夏、筆者は鳥海山に登ったあとで、酒田にある土門拳記念館に立ち寄った。7/13から9/28までは、「古寺巡礼―土門拳仏像十選―」とともに「ヒロシマ」の写真が展示されていた。その写真を見つめていた人たちは、それぞれにフクシマのことを考えていたに違いない。

この映画では、福島菊次郎と被爆者・中村杉松さんの関係を通して、そしてその関係を宿命のように背負った福島の眼差しや情念や身体を通して、ヒロシマとフクシマが生々しく重なっていく。

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