キム・グエン 『魔女と呼ばれた少女』 レビュー

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異文化や他者に対する強い関心から紡ぎ出される少女の神話的な物語

キム・グエン監督の『魔女と呼ばれた少女』では、アフリカのコンゴ民主共和国を舞台に、政治学者P・W・シンガーが『子ども兵の戦争』で浮き彫りにしているような子供兵の世界が描き出される。

アフリカの子供兵を題材にした作品とえいば、ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督の『ジョニー・マッド・ドッグ』が記憶に新しい。だが、この二作品は、作り手の視点や表現がまったく違う。

『ジョニー・マッド・ドッグ』の原作は、コンゴ共和国出身のエマニュエル・ドンガラが、自身の体験をヒントに書いた同名小説だ。ドキュメンタリーの作家として活動してきたソヴェール監督は、その舞台をリベリアに変更し、15人の元子供兵を起用し、非常にリアルなドラマを通して、ホモソーシャルな連帯関係や家族を奪われる痛み、ほとばしる憎しみを描き出している。

キム・グエン監督のアプローチは、それとはまったく異なっている。プレスに収められた彼のインタビューでは、映画の出発点が以下のように説明されている。

10年前に、神の生まれ変わりと自認し、反政府軍を率いていると語るビルマの双子の少年兵をニュースで見て、現代の神話性に惹かれたのが、脚本の発端です

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『魔女と呼ばれた少女』 『汚れなき祈り』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『魔女と呼ばれた少女』 キム・グエン

政治学者のP・W・シンガーが『子ども兵の戦争』(NHK出版)で浮き彫りにしている子供兵の問題を独自の視点で掘り下げた作品。アフリカの子供兵といえば、ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督の『ジョニー・マッド・ドッグ』が思い出される。だが、この映画は、視点や表現がまったく違う。

『ジョニー・マッド・ドッグ』が主にリアリズムであるとすれば、こちらは神話的、神秘的、象徴的な世界といえる。水辺の村から拉致され、反政府軍の兵士にされた12歳のヒロインは、亡霊が見えるようになり、亡霊に導かれるように死線に活路を見出す。

そのヒロインと絆を深めていくのが、アルビノの子供兵であることも見逃せない。それについては、マリ出身のアルビノのシンガー、サリフ・ケイタの『ラ・ディフェロンス』レビューを読んでいただきたい。そこに書いたような背景があるため、このアルビノの子供兵もまた、ある種の神秘性を帯びると同時に悲しみの色に染められる。

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リュック・ベッソン 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』 レビュー

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リュック・ベッソンとミシェル・ヨーが魅せる、
新たなキャリアの一歩

リュック・ベッソン監督の新作『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』では、祖国と家族のはざまで過酷な現実と向き合い、困難を乗り越えてきたアウンサンスーチーの半生が描き出される。

それは、ベッソンのフィルモグラフィを踏まえるなら意外な題材といえる。彼はこれまで、たとえ荒唐無稽に見えようとも、現実に縛られることなく自己の感性に忠実に、独自の世界やキャラクターを創造してきた。そんなベッソンが、事実に基づく物語に挑戦するとなれば、これは注目しないわけにはいかないだろう。

その結果は、予想以上に素晴しく、見応えのある作品になっていた。この映画では、現実から逸脱するような表現は影を潜めているが、だからといって現実に妥協しているわけではなく、しっかりと踏み込んでいる。そして、ミシェル・ヨーから渡された脚本を読んだベッソンが、どんなところに心を動かされ、監督に名乗りを上げたのかがわかる気がしてきた。

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『ゼロ・ダーク・サーティ』 試写

試写室日記

本日は試写を1本。

本当はエマヌエーレ・クリアレーゼ監督の『海と大陸』との2本立ての予定で家を出たのだが、駅に着いたらいくつか先の駅で発生した人身事故のせいで電車が止まっていた。乗車したまましばらく待っていたが、すぐには動きそうにないので1本目は諦めることにした。

こういう観ようと思ったときに観られなかった作品は往々にして最後まで試写に行けなかったりする。ちなみに逃したのはこういう↓映画だ。

『ゼロ・ダーク・サーティ』 キャスリン・ビグロー

ビンラディン殺害に至る軌跡を描いたキャスリン・ビグローの新作。プレスの[PRODUCTION NOTES]によれば、ビグローと脚本家のマーク・ボールは、2006年に、トラボラで失敗したビンラディン捕縛作戦についての映画を企画していたという。その後、彼らは『ハート・ロッカー』を完成させ、2011年に新作の製作に入ったが、5月1日にビンラディンが殺害されたためにその企画はボツになり、一からやり直すことになった。

このトラボラの捕縛作戦に対してビグローとボールがどんな関心を持っていたのかというのも気になる。かなり興味深い題材だと思う。アメリカは圧倒的な空軍力でタリバンを叩き、トラボラでビンラディンは袋のねずみ同然になっていた。ところがなぜか大規模な地上軍の投入は見送られ、みすみす取り逃がすことになった。

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『危険なメソッド』 試写

試写室日記

本日は試写を1本。

『危険なメソッド』 デヴィッド・クローネンバーグ

デヴィッド・クローネンバーグ最新作。ユングをマイケル・ファスベンダー、フロイトをヴィゴ・モーテンセン、そしてふたりを結びつけるザビーナ・シュピールラインをキーラ・ナイトレイが演じる。

映画のなかでザビーナという人物が放つ独特のオーラに魅了された。実際にそういう人物であったのか、原作のノンフィクション『A Most Dangerous Method: The Story of Jung, Freud, and Sabina Spielrein』を書いたジョン・カーの慧眼なのか、それをもとに戯曲を書き、この映画のために自ら戯曲の脚色を手がけたクリストファー・ハンプトン(『つぐない』)の想像力なのか、クローネンバーグの鋭い直観なのか、あるいはそのすべてなのか定かではないが、とにかく非常に興味深い。

ザビーナがオーラを放つのは必ずしもトラウマのせいではないだろう。映画のなかに、フロイトが彼女に対して、自分たちはユダヤ人であり、アーリア人(ユングのこと)に深入りすべきではないというような表現で忠告する場面がある。

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