カリン・ペーター・ネッツアー 『私の、息子』 レビュー

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母と息子から浮かび上がるルーマニアの未来

■悩みの種である息子

カリン・ペーター・ネッツアー監督にとって3作目の長編となる『私の、息子』は、ルーマニアの首都ブカレストに暮らす裕福な建築家/舞台装置家コルネリアの誕生パーティの場面から始まる。それは各界の名士が集う華やかなパーティだが、彼女の一人息子バルブの姿はない。

コルネリアには、30歳を過ぎても道が定まらない息子が悩みの種になっている。そのバルブは親に与えられた家でシングルマザーの恋人カルメンと暮らし、母親の顔を見れば悪態をつき、実家に寄り付こうとしない。そんなある日、バルブがスピードの出し過ぎで交通事故を起こし、子供を死なせてしまう。そこでコルネリアは、人脈や賄賂などを使い、あらゆる手段に訴えて息子の刑務所行きを回避しようとする。

息子を溺愛する母親と自立できない息子をめぐる物語は決して珍しくはない。しかし、ネッツアー監督が切り拓く世界は、他のルーマニア・ニューウェーブの作品と同じように、この国の歴史や社会と密接に結びついている。

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アレクサンダー・ペイン 『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』 レビュー

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寄り道とサイレントを愛するアレクサンダー・ペインの美学

アレクサンダー・ペインは、これまで日本公開(あるいはDVD化)された4本の作品すべてで、監督のみならず脚本も手がけていた。しかし、新作『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』では、脚本にはクレジットされていない。ボブ・ネルソンのオリジナル脚本はペインのために書かれたものではないが、そこには彼のイマジネーションを刺激する要素が十分に盛り込まれていた。

ペインの『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)や『アバウト・シュミット』(02)は、原作小説ではそれぞれニュージャージーとロングアイランドが舞台になっているが、彼はそれらを自分の出身地であるネブラスカ州オマハに変更して映画化した。そんな故郷にこだわりを持つペインが、ネブラスカ州を舞台にした物語に惹かれないはずはないだろう。

しかしもちろん、舞台や風景だけではペインの世界にはならない。この新作には他に注目すべき点がふたつある。ひとつは“寄り道”だ。ペインの作品では、旅のなかの寄り道が重要な意味を持つ。それは主人公の過去に通じていて、人物の内面を映し出していく。

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ダニス・タノヴィッチ 『鉄くず拾いの物語』 レビュー

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洞察と象徴を通して浮き彫りにされるロマの一家の現実

ダニス・タノヴィッチ監督の『鉄くず拾いの物語』は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすロマの一家に起こった出来事に基づいている。妊娠中の妻セナダが激しい腹痛に襲われ、危険な状態であることがわかるが、保険証がなく、高額な費用を払えないために、病院から手術を拒否される。夫のナジフはそんな妻の命を救い、家族を守るために奔走する。この映画ではそんな実話が、ナジフとセナダという当事者を起用して描き出される。

タノヴィッチ監督は新聞でこの出来事を知り、「世間に訴えなければいけない」と考え、映画にした。そういう意味ではこれは、社会派的な告発の映画といえる。しかし、当事者を起用し、事実をリアルに再現するだけでは、多くの人の心を動かすような作品にはならなかっただろう。

この映画で筆者がまず注目したいのはロマの一家の世界だ。タノヴィッチ監督自身も認めているし、ドラマを観てもわかるが、ナジフとセナダは必ずしもロマだから差別されるわけではない。しかしだからといって、彼らのことを漠然と被差別民や弱者ととらえて向き合えば、自ずと焦点がぼやける。たとえロマをよく知らなくても、目の前に存在する者の世界を見極めるような洞察が求められる。

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『サード・パーソン』 劇場用パンフレット

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三つの物語から浮かび上がる作家の葛藤と再生

2014年6月20日(金)よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショーになるポール・ハギス監督の新作『サード・パーソン』の劇場用パンフレットに上記のようなタイトルで作品評を書いています。

この映画では、パリ、ローマ、ニューヨークという3つの都市を舞台に、3組の男女の関係が並行して描かれていきます。ところが物語が展開するうちに、普通ではありえないことが起こり、必ずしもリアリズムに立脚した作品ではないことに気づきます。

監督のハギスが「これは3つのラブストーリーのフリをしているけれど、実はパズルのような映画なんだ」(『サード・パーソン』公式サイト)と語っているように、この映画には、劇中に散りばめられたヒントを手がかりに、複雑な繋がりを読み解いていく楽しみがあります。(ちなみに、公式サイトには、ネタバレ不問でそれぞれの解釈を紹介するコーナーがあり、筆者も寄稿していますが、パンフレットの原稿とは違った切り口になっています)

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マイケル・ウィンターボトム 『いとしきエブリデイ』 レビュー

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感情と距離の間にあるマイケル・ナイマンの音楽

マイケル・ウィンターボトムは、『いとしきエブリデイ』を99年の監督作『ひかりのまち』と対を成す家族の物語と位置づけている。そんな接点を持つ二作品で重要な役割を果たしているのが、マイケル・ナイマンの音楽だ。ウィンターボトムの映像とナイマンの音楽の関係は、一般的な映画のそれとは違う。

ウィンターボトムは、物語に頼るのではなく、リアルな状況を積み重ねていくことで独自の世界を作り上げていく。かつて彼は自分のスタイルについて以下のように語っていた。

私は一般的な意味での物語というものに観客を引き込むような作り方はしたくない。観客が自分の考えや感情を自由に選択する余地を残しておきたい。それがある種の距離を感じさせることになるかもしれないが、決めつけを極力排除し観客に委ねたいんだ

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