ダニス・タノヴィッチ 『鉄くず拾いの物語』 レビュー

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洞察と象徴を通して浮き彫りにされるロマの一家の現実

ダニス・タノヴィッチ監督の『鉄くず拾いの物語』は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすロマの一家に起こった出来事に基づいている。妊娠中の妻セナダが激しい腹痛に襲われ、危険な状態であることがわかるが、保険証がなく、高額な費用を払えないために、病院から手術を拒否される。夫のナジフはそんな妻の命を救い、家族を守るために奔走する。この映画ではそんな実話が、ナジフとセナダという当事者を起用して描き出される。

タノヴィッチ監督は新聞でこの出来事を知り、「世間に訴えなければいけない」と考え、映画にした。そういう意味ではこれは、社会派的な告発の映画といえる。しかし、当事者を起用し、事実をリアルに再現するだけでは、多くの人の心を動かすような作品にはならなかっただろう。

この映画で筆者がまず注目したいのはロマの一家の世界だ。タノヴィッチ監督自身も認めているし、ドラマを観てもわかるが、ナジフとセナダは必ずしもロマだから差別されるわけではない。しかしだからといって、彼らのことを漠然と被差別民や弱者ととらえて向き合えば、自ずと焦点がぼやける。たとえロマをよく知らなくても、目の前に存在する者の世界を見極めるような洞察が求められる。

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ジャン=マルク・ヴァレ 『ダラス・バイヤーズクラブ』 レビュー

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伝統的なカウボーイ文化から排除され、カウボーイに還る

実話に基づくジャン=マルク・ヴァレ監督の『ダラス・バイヤーズクラブ』の主人公は、80年代半ばのテキサスで電気技師として働きながら、ロデオと酒と女に明け暮れるカウボーイ、ロン・ウッドルーフだ。ある日、自分のトレーラーハウスで意識を失い、医師からHIV陽性、余命30日と宣告された彼は、動揺しつつもエイズの情報をかき集める。

ランディ・シルツの大著『そしてエイズは蔓延した』に書かれているように、当時のアメリカで何らかの治験薬を投与されていたエイズ患者は1割にも満たず、薬剤の入念な試験が終わるのを待つ間に力尽きる患者が跡を絶たない状況だった。

そこでこの主人公は、メキシコに行って国外で流通する治療薬を仕入れ、自分で使うだけでなく、商売も始める。直接、薬を売買するのはまずいので、会費を募り、必要な薬を無料で配布するというシステムを作る。それが“ダラス・バイヤーズクラブ”だ。

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『それでも夜は明ける』 劇場用パンフレット

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檻に囚われた人間

2014年3月7日(金)よりTOHOシネマズ みゆき座ほか全国順次ロードショーになるスティーヴ・マックィーン監督の新作『それでも夜は明ける』(13)の劇場用パンフレットに、上記のようなタイトルで作品評を書いています。

第86回アカデミー賞で、作品賞、助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)、脚色賞(ジョン・リドリー)の三冠に輝いたことはもうご存知かと思います。

1841年、北部のニューヨーク州で自由黒人として妻子と暮らしていたソロモン・ノーサップは、ある日突然誘拐され、南部の奴隷州で12年間、奴隷として生きることを余儀なくされました。再び自由を取り戻した彼は、その体験を綴った回想録『12 Years a Slave』を発表し、ベストセラーになりました。この映画は、そのノーサップの回想録にもとづいています。

キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、ブラッド・ピットなど、キャストが豪華で、しかもマックィーンの世界をしっかりと表現しています。

この顔ぶれでは、冷酷な奴隷所有者(ファスベンダー)の妻を演じるサラ・ポールソンなどはあまり注目されないと思いますが、この数年、ショーン・ダーキン監督の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11)、ジェフ・ニコルズ監督の『MUD‐マッド‐』(12)、そしてこの作品と、次々に注目の監督と組み、どれもそれほど目立つ役ではありませんがいい仕事をしていると思います。

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デヴィッド・O・ラッセル 『アメリカン・ハッスル』 レビュー

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積み重なる「偶然」のなかに「必然」を見出す

『世界にひとつのプレイブック』に続くデヴィッド・O・ラッセル監督の新作『アメリカン・ハッスル』は、1979年にアメリカで起きた政治スキャンダル「アブスキャム事件」を題材にしている。事もあろうにFBIが詐欺師と組み、アラブの富豪が経営する投資会社をでっち上げ、おとり捜査によって汚職政治家を摘発したというのがその概要だ。

だが、この映画を楽しむうえで事実は必ずしも重要ではない。ラッセルは事件に迫ろうとしているわけではないので、実名も使っていないし、人物像も脚色されている。但し、大いに笑えるからといって単なるコメディに仕立てているわけでもない。これはラッセル流の人間観察の映画であり、自分探しの物語でもある。

これまで足がつくことなく巧妙に詐欺を繰り返してきたアーヴィンと愛人シドニーのコンビは、ついに逮捕されてしまうが、野心に燃えるFBI捜査官リッチーから、自由と引き換えに先述したようなおとり捜査の話を持ちかけられる。チームになった彼らは、作戦を実行に移すが、アーヴィンの妻ロザリンが夫とシドニーの関係に嫉妬し、思わぬ行動に出たため、予期せぬ混乱状態に陥っていく。

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『鉄くず拾いの物語』 映画.com レビュー & 劇場用パンフレット

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ドキュメンタリーとフィクションの狭間に見る「リアル」

2014年1月11日(土)より新宿武蔵野館ほかで全国順次ロードショーになるダニス・タノヴィッチ監督(『ノー・マンズ・ランド』『美しき運命の傷痕』)の新作『鉄くず拾いの物語』(13)に関する告知です。

この映画は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすあるロマの一家に起きた出来事を、当事者を起用して描いた異色のドキュドラマで、ベルリン国際映画祭で三冠に輝いています。

「映画.com」の1月7日更新の映画評枠に、「ロマの一家の「リアル」を鮮やかに描出した人間ドラマ」のタイトルのレビューを、さらに劇場用パンフレットに「洞察と象徴を通して浮き彫りにされるロマの一家の現実」というタイトルのコラムを書いています。

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